アメリカ宗教事情

英語の記事を訳しています

アメリカの大学院の博士課程に進む前に知っておきたかったことーその2ー

※本記事は日本の大学院で修士を終えた後にアメリカの地方の州立大学で博士課程(歴史)に進んだ個人の体験に基づくものです。全てを鵜呑みにしないでください。また本記事によって被った影響について当方は一切責任を負いません。

 

アメリカの大学院の博士課程に進もうと考えている方は是非こちらもお読みください。

アメリカの大学院の博士課程に進む前に知っておきたかったこと - アメリカ宗教事情

 

今回の記事では、入学後の大まかなタイムフレームと、今5年目を迎える筆者が過去にやっておけばよかったことを書いています。5年目以降の記述は経験が浅いため記述が薄いことをお許しください。前回の記事でファンディングについて触れましたが、ファンディングの内容を理解する上でも入学後どのようなタイムフレームで進んでいくのかおおまかなイメージを持っておくといいでしょう。

本記事は歴史学部の経験をもとに書いていますが、歴史学部以外の方にも参考になると思います。歴史学部は博論を書き上げるまでに5(かなり速い方)〜7、8年かかると言われています。5年くらいで終わる他学部と比べると特種な例かもしれませんが、最初の5年間の流れは似ています。修士課程に進む場合は、下記の最初の1〜2年のコースワークのみをやると思ってください。

カレン・ケルスキー先生の本にとてもよくまとまっているので、是非こちらも参照してください。

The Professor Is In: The Essential Guide To Turning Your Ph.D. Into a Job

The Professor Is In: The Essential Guide To Turning Your Ph.D. Into a Job

 

1〜2年目:コースワーク(最もquality of lifeが低くなる時期)

アメリカの大学院は8・9月〜12月、1月〜5月という2学期制がほとんどです。基本的に一学期3個授業を取ります。最初の学期から3個専門の授業を取ると、慣れずに苦労するかもしれません。

歴史学の場合、大きく分けてReading seminar と Research seminarという2つのタイプのクラスがあります。

Reading seminarでは毎週本が1冊〜2冊 (論文がたくさんのときもある)課題にだされ、授業は主にディスカッション形式です。つまり、3つクラスを取ると毎週本を3冊以上読むことになります。英語がnativeでもリーディングを全部読むのは無理です。なのでコツとしては序章と終章をしっかり読む(大事なことは序章に全部書いてある)ことです。次に、特に大事そうな章をしっかり読む(大事な章は単独で論文になっている場合あり)。注も忘れずに。他は各章の最初と最後と、トピックセンテンスを中心に読みましょう。

また、書評を最大限利用しましょう。有名な本だといっぱい書評が出ているのですが、歴史学ならAmerican Historical Review, Journal of American Studiesなどのメジャーな雑誌の書評をまずチェックすると大変便利です。Jstorを使うと他にもたくさんでてきます。自分が書評を書く際に構成など大変参考になります(ただしこれらの書評は先生も間違いなく読んでいるので、ペーパーなどを書くときに内容を引っ張られすぎないように)。書評をうまく使って、その本や著者をどの分野(おそらくその週のテーマになっている分野)の研究史の中に位置づけることができるか、方法論のどこか面白いか/面白くないか、新しい研究であれば研究史の中で有名な人物、理論にどのように応答しているか、資料(証拠)と議論(argument)は何か、説得的かなどを確認しましょう。

だいたい最初の授業で誰がどの本を担当するか決めます。それ以降は担当者が授業中にディスカッションリーダーになり、質問を用意してクラスの人に答えさせるということです。自分がディスカッションのリーダーになった場合は細かい質問を用意するよりは(みんな細かい内容は覚えてない)、上記に上げた研究史や方法論や主張など大きな問いを用意した方がスムーズに進みます。学期中の課題は書評やreaction paperとよばれるものが多く、学期末には長めのhistoriographyを書かされたり授業のテーマによっては自分でシラバスを作ったりします。研究史の流れを掴むのだ大事です。

次にResearch seminarの場合は、ペーパーを一学期中に一本書き上げます。大体ダブルスペースで30頁くらいでしょうか。授業で大まかにテーマが決まっているので、それに合うような自分の関心のあるテーマを決めた後に、テーマに関する一次資料を見つける、二次資料のリストの用意、リストの内容の要旨を用意 (annotated bibliographyという)、イントロ執筆、初稿執筆、最終稿執筆といった感じで授業を通して段階的に進めていくケースが多いです。この間にペーパーを見せあって意見交換をしたりします。

ペーパーを書く上で、歴史学だと文献管理ソフトのZotero | Your personal research assistantや、ワードじゃなくてScrivenerを使ったりとか、今あるテクノロジーをどんどん利用しましょう。

Reading とResearch seminar共通の注意事項として、英語が外国語の人にとってディスカッションがメインの人文系の授業は大変ですが、あまりBは取らないほうがいいです。学内で賞やファンディングがあるときに他の学生と比べて貰いにくくなりますし、推薦書を貰うときの心配要因が増えます。ディスカッションに参加する姿勢は結構重要視されるので、一回の授業で最低一回は発言しましょう。ディスカッションで足りない部分はペーパーなどで補えるといいですね。学内のライティングセンターをうまく活用したり、クラスメイトに読んでもらったり、頑張りましょう。

他の大まかな授業の傾向としては、大学によって最初の学期で「歴史学諸年次必修講座」(これはreading seminar) のような、メソドロジーに関する授業が必修になっている例をよく聞きます。ほかには、一年目から博論についてリサーチペーパーを書かせ博論のための準備をさせる授業があることもあります。自分の英語のレベルや大学の規定によっては、英語の授業を取らされたりもします。交渉して、英語の授業を理由に専門科目の授業のコマ数を減らしてもらうこともできます

日本で修士をとっている場合、単位を持ってくることができるので、スムーズに行けばコースワークは二年で終わります。修士をとっていない場合や単位を換算できない場合(もしくは指導教員に三年やれと言われた場合)は、コースワークに3年かかることもあります。

最初の二年間は授業を受けながら博論のテーマを考え、どの先生に自分の博論審査会(いわゆるコミッティー)に入ってもらうかを決める大事な時期です。この間になるべく先輩方から教授についてのゴシップや評判を聞いたり、色々な先生の授業を取って先生との相性を確認するといいでしょう。面倒見の良さ、メールの返信の速さ、ペーパーを見せた時のフィードバックの仕方、その教授の指導学生がちゃんと卒業できているか、仕事が得られているのか、などを確認しておきましょう。

修士課程の場合、上記のコースワークにくわえ、最後の学期にMaster's Thesisとよばれるペーパーを仕上げます。学校によっては試験の場合もあります。

アメリカに行く前にコースワークに向けて準備をしたいのであれば、例えばreligious studies syllabus とか検索して、よく使われている本を読み始めたりするとよいと思います。あとは誰か先輩がすでに留学していたら、その人にメールして授業で使っているシラバスを貰ってみましょう。

 

3年目:Language Exam, Comprehensive Exam, Proposal

スムーズにいけば3年目、修士を持ってない場合や色々授業を取らなくてはならなかった場合4年目に、テストを受け、博士論文の構想(Proposalやprospectusと呼ばれる)を提出します。そして構想ができたらリサーチのための奨学金や学会への応募、論文の投稿にむけて準備を始めます。順に見ていきましょう。

1. Language Exam

Comrehensive Examの前後(前が多い)に第二、三外国語のテストを受ける場合があります。中世ヨーロッパ史だとラテン語ともう一言語受けるのが必修だったりします。アメリカ史が専門の場合、このテストは英語話者が英語以外の言語を使えることを目指したテストという意味合いが強いので、留学生は免除されることもあります。自分の学部に確認しましょう。

2. Comprehensive exam

Comprehensive exam やPreleminary exam など大学によって名前は違いますが、簡単に言えば博士号候補生になるための総合テストです。よく聞くパターンが、自分の博論に関わる分野三部門について試験を受け、史学史(historiography)についての理解を示すというものです。ただ細かいテストの形式は大学によって異なるようです。

たとえば

- 試験日は決まっているのか(秋学期なのか春学期なのか)

- 再試験は受けられるのか

- それぞれの分野について何冊本を読まされるのか(多いところだとそれぞれの分野について100冊以上。すなわち300冊)

- ペーパー形式なのかオーラル形式なのか、それともどっちもなのか。(大学によってはペーパーではなくシラバスを提出する形式もある)

- 形式がペーパーの場合、決まった日に試験問題を出され同日中に答えるタイプなのか、それとも期日までにペーパーを提出せよというタイプなのか。

- 問題は事前に知らされるのか(知らされない場合先輩から過去の傾向を聞くべし)。

- 3分野の試験日が同じ日でそれぞれ6ページくらい書く形式なのか、それとも全て違う日でそれぞれ20ページ書く形式なのか。

- 審査をする先生は自分のコミッティーメンバーなのか、無関係な先生なのか、自分で審査をする先生を決められるのか。

 など大学によって違います。

こういったテストの形式の情報はなるべく早いうちに集めたほうがいいです。そして、自分と分野の似ている先輩から試験のために準備した本のリストを確保しましょう。一年目の夏休みからリストを作成し本を読み始める準備の良い学生もいますが、あまり気負いしないようにしましょうね。課題図書の数が多い場合は、本は全部は読まず、序章を中心に読み、書評をうまく活用するのがコツです。

ラトガース大学のホームページ歴史学部には本のリストの例が乗っているので参考にしてみるといいですよ。ただ量が多すぎて圧倒されてしまうので(みんな全部読むわけではありません)、軽い気持ちでみるといいです。

https://history.rutgers.edu/academics/graduate/reading-lists

 3. Prospectus/ Proposal を書き、ディフェンドする。

晴れて試験に合格したら、次は博論の構想を形にします。これがProspectus やProposalと呼ばれるものです。基本的な形式は、何をやるか(イントロ)、文献批評、メソドロジー、章構成、使う史料とそれが見つかる場所、二次文献リストからなります。だいたい試験に受かっていればこちらで落とされることはないので気張らずに。

これが通れば晴れてABD(All but dissertation!) 、もしくはCandidateになれます(ただし大学によっては試験に合格した時点でABDとみなす場合もある)。少しお祝いしましょう。

4. リサーチの準備を始める

一次史料がどこにあるのかを確認し、そこでの史料にアクセスするための方法と、お金の工面について考えましょう。アメリカの図書館は基本的にオープンだと思いますが、アメリカ以外の図書館は人の紹介がないと見れない場合もあります。そのあたりの情報収集をしましょう。

アーカイブの探し方ですが、私は以下の二つをよく使っています。

WorldCat.org: The World's Largest Library Catalog

ArchiveGrid

あと、アーカイブではないのですが、著作権の切れた本はよくこちらのデジタル・アーカイブで見つけることができるので、是非こちらを参照してください。二個目のHathi Trustは大学の図書館を経由していくと見れるものが増えます。

Internet Archive: Digital Library of Free & Borrowable Books, Movies, Music & Wayback Machine

Haith Trust

そして、テストとprospectusの準備で忙しいと思いますが、どんどんリサーチのために奨学金に応募しておくといいですよ。そうすれば四年目にさっとリサーチに移行できます。それに出遅れると四年目に色々奨学金に申し込むことになり、リサーチの開始が一年遅れます。 奨学金については下にも詳しく書いたのでそちらを参照してください。

5. 学会発表と投稿論文の準備

さて、これは4年目以降にもあてはまることですが、リサーチセミナーで書いたペーパーをもとに学会発表や論文投稿の準備をしましょう。

アメリカの大きめの学会は自分でパネルを組まないといけません。つまり、自分で他の2〜3人の発表者とコメンテーターとチェアの先生を探さないといけません。他のパネリストが同じ大学所属だと落とされます。なので自分の研究テーマを決めたら自分と似たような研究をしている他の大学院生や若手研究者にアンテナを張っておきましょう。パネルを組む場合、発表者の人種やジェンダーやタイトル(学生か研究者か)などのバランスも考慮する必要があります。

投稿論文については自分と相性の良い雑誌を探すところからはじめましょう。

BrowZine こちらのサイトは入学して図書館のIDを獲得してから使ってください。自分のテーマや関心にあった雑誌をさがす上で非常に便利です。

 

4年目(〜5年目):リサーチイヤー 

スムーズにいくと1年でおわりますが、博論の計画がトランスナショナスヒストリーだったり、史料を集めるためにお金と時間がかかる場合、リサーチに二年かかる場合もあります。

リサーチの間に博論を書き上げるためのCompletion fellowshipとかdissertation fellowshipに応募しましょう。そうすれば次の年、TAをせずに博論の執筆に専念できるようになります。

 

5年目〜:リサーチ or 執筆 、職探し

リサーチが終わったら博論を書き上げます。最終年度は卒業後の進路についても準備を始めましょう。アメリカ国内で仕事を探す場合、ほとんどの仕事の求人は秋頃に出ます。H-Net Job Guide を見ればどのように求人広告が出るかわかるので一度みておくといいですよ。大学出たばかりの人が申し込めるのはassistant professor, lecturerなどですね。前者でなるべくtenure trackに乗っている仕事が好ましいです。秋に申し込んで、冬に第一次面接があり、うまくけば3月頃にキャンパスビジットがあり、それで決まります。詳しくはカレン・ケルスキー先生のProfessor is Inを読んでください。

博士号を取った後に日本で学振のポスドクに応募する場合、3月には博士号を持っている必要があるので、アメリカの春学期にディフェンドすると間に合わなくなります。そうすると秋学期の12月までにディフェンドする必要がありますのでご注意を。

 

まとめ

上記のように、コースワークに何年かかるか、リサーチに何年かかるか、また集めた史料をもとに博論を書くのに何年かかるのかによって卒業が後にずれていきます。非現実的だけれど実際にあった例として、コースワーク2年、試験等に1年、リサーチ1年、執筆1年で終わらせた人もいます。歴史学で現実に多いのはコースワーク2年〜3年、試験とプロポーザルに1年〜2年、リサーチに2年、執筆に2年の7年コースです。

 

5年目の筆者がはやめにやっておけばよかったと思うこと

奨学金にどんどん申し込んでおけばよかったと思っています。たとえ今必要じゃないと思っても暇があれば申し込みましょう!

授業内であまり発言できなかったり、締切までに満足のいくペーパーがかけなかったり、慣れない英語で苦労した結果あまり授業ではいい成績を残せないことがあります。それを補って学内で指導教員らの信頼を勝ち取る方法が外部の奨学金を取ることです。

ABD (all but dissertation)の資格を得るまで、学外だとあまり応募できるものはないかもしれませんが、学内の調査旅行など小さいものからどんどん応募しましょう。エクセルシートを作り、奨学金の名前、締切、要項、金額、期間、提出方法(メール・郵送)などの項目をメモしてまとめはじめましょう。

あと、海外から応募できる日本の奨学金を利用する手があります。下のフジモトさんのサイト大変良くまとめられています。今すぐブックマークを!

hirofujimoto.weebly.com

海外の大きい奨学金の探し方については、こちらの下のまとめサイトなど参考になります。こちらのサイトは実際に奨学金に応募した人たちが、何か財団から連絡はあったか、合格通知は来たかなどをポストする、精神的に不健全なサイトです。分野はごちゃまぜですが、大きな奨学金を探すのには役にたちますよ。こちらもブックマークを!

academicjobs.wikia.org

他の調べ方は、自分と分野の近い先生や先輩のCV(履歴書)を見る、分野の近い研究書のacknowledgementを見る(奨学金の名前を出すことを義務付けられている場合が多い)などが簡単な方法です。

一年目は恐らくコースワークで疲れてしまって「そんな暇はない」と思うでしょう。それでも応募するといいと思います。短期間でもどこかアーカイブを訪れて、アーキビストの人に話を聞いたり、すべての史料が取れなかったとしてもどんな史料があるのか確認したりしておくと、後に大きな奨学金の申請書類を書くときに非常に便利です。後で研究テーマが変わって、そのアーカイブを使わないことになったとしても、「ここでリサーチをした」という経験や実績や、申請書を書いた経験は活かせます。どんどん申請しましょう。

アメリカでは奨学金を貰えば貰うほど次の奨学金を貰えるという、乗れれば天国乗れなきゃ地獄の面白いサイクルがあります。あと奨学金を貰えると大学の評判に貢献することになるので、指導教官から信頼を勝ち取れます。10個でも20個でもどんどん推薦書を書いてもらいましょう。この経験を積んでおくと、あとで大きなリサーチや博論のための奨学金を応募するときに楽になりますよ。

あと、過去の奨学生リストに知っている人がいたら、メールして申請書を見せてもらうのが本当に役立ちます。応募する際には審査員の先生や奨学金の理念をよく確認して「この人は政治の話が好きそうだな」とか「この財団には日本史の話しよりトランスナショナルなほうが良さそうだな」など相性を確認して書き方を変えることも重要です。財団の趣旨にあった好まれる書き方をしましょう。

最後に、英語の奨学金の書き方はこちらの本とても参考になるので、ぜひ参考にしてください。

 

theprofessorisin.com

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結構長くなったので、今回はとりあえずこのくらいで。

みなさんの大学院での経験が実り多いものになりますように。